別れ

わたくし事ではありますが、今月の26日に母が逝去しました。79歳でした。

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無事に葬儀も終わり、一応の区切りがついたところです。
普段は自分の想いなどは綴るつもりもありませんが、このことについては少し思う事を書いておきます。
無理に読まないでください。只々今心にあるものだけ取り留めもなく。


生きるとは死ぬという事 

というのは当たり前ですが、身近な人の死に触れると、その言葉を身で感じます。そして、この世を去った人を想い、この世に残った人が先に進むために、心の整理をしていくのが葬儀なんでしょうね。

 一番つらかったのは母が治らない病気だと知った時でした。8月中旬、体調の不良を訴えて闘病が始まって最初は苦しそうでしたが、薬を選定してやっと苦しさは取り除くことができました。家に帰りたいという母の希望で、病院から帰ってきました。しかし、体力の低下が激しく、帰ってきて1週間は調子もよかったのですが、だんだんと歩けなくなり、最終的には肺炎をひきおこして再度入院する事になりました。肺炎が直接的な死因となったわけではなく、体力の低下が問題だったようです。回復に向かうだろうという医師の希望ある言葉から一転、25日深夜、心肺が停止していたという連絡が入りました。今思えば8月からのすべてが後手にまわっていって、寿命というものが決まっているのだろうという気持ちになりました。処置のおかげで心臓は再び動き出しましたが、あと数時間だという事を医師から告げられました。母の手を握ってその時がくるのを待ちました。

 この時すでに自分の中では心の整理がついていました。姉や孫、叔母、叔父らが葬儀という過程を経て心の整理をしていくのをただ眺めるだけでした。周囲から見たら涙も流さないような私は薄情な人間なのかもしれません。母は小さい頃から今の今まで苦労の人と言える人生でした。わたし自身、親に心配をもたせたまま、何もしてやれなかった親不孝者です。ただ、それが現実であり、泣くのは誰の為かを考えると泣けなかった。誰にもわかって欲しいとは思わないですが、私は私の想いで母を送りました。 母へ、お疲れ様。育ててくれてありがとうございました。


母は眠っているかのような安らかな顔をしていました。


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by kenzosyasin | 2016-10-29 20:12 | 近況報告

写真初心~中級者の方が写真がもっと楽しく、もっと上達する為の方法を書いていきます。


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